2025年7月下旬、東京・中野区は旧中野刑務所正門(中野区文化財・旧豊多摩監獄表門。東京都中野区新井3)の曳家による移動を一般公開した。私たちの仲間も抽選に当たり見学した。移動は元の場所に小学校をつくるためだが、曳家を可能にするため、大正時代の貴重な煉瓦建築の土台がごっそり削られたことは特記しておきたい。2025/7/29記
ひきや【曳家・引家】
建築物を解体せずにそのまま水平移動させて、他の場所に移すこと。曳舞。
- 大辞林 第三版
見学会写真

2025/07/29 14:17撮影
2025/7/29 14:19撮影
2025/7/29 14:29撮影
2025/7/29 14:27撮影

曳家動画
旧中野刑務所正門の曳家を動画で撮った。2025年7月30日9:37から15分36秒間撮影。青い油圧ジャッキ2本が伸び縮みを繰り返して、画面右の正門を、曳家といっても引かずに押して移動させている。画面下の数字が書いてあるスケールを見ていると、じわじわ動いていることが通常速でもよくわかるが、速度がゆっくりなので、まずは8倍速でどうぞ👇。
興味のある方は通常速度でご確認ください👇。
https://drive.google.com/file/d/1RWPzGFX7O0kX8hHzRMpUjSsWDttyAgA3/view?usp=sharing
「あり得ない」
旧中野刑務所正門は、1915(大正4)年に竣工した豊多摩監獄の唯一残された建物で、夭折の天才建築家後藤慶二の唯一現存する作品である。またこの刑務所には戦前・戦中の治安維持法下に思想犯を拘禁する予防拘禁所が置かれた歴史的意味もある。
この門について中野区は長い間扱いを決めないままだったが、2021年6月ようやく区文化財に指定・登録した。それに先立つ2021年1月、中野区は門がある場所に平和の森小学校新校舎を建設するため、門を曳家で約100メートル西に移動することを決めている。
中野区文化財保護審議会は文化財指定などを審議・議決し、経緯についても区から報告を受けている。曳家のために門の土台を削ったことは、それが終わってから2024年12月24日の審議会で報告された。中野区は次のように説明している。
煉瓦基礎の一部撤去は、正門の現状変更には当たるものの、上述のとおり文化財保存の観点、工期延伸、安全性の確保等を総合的に判断し、設計書に合わせ撤去するという判断を行った。

審議会で内田青蔵委員は「文化財として基本的にこういうことをするのはあり得ない」と釘を刺し、その上で、今回は小学校を作るため工期の後ろが決まっているという区側の事情に言及した。大石学会長も、審議会としては、いろいろな撤去等をすることについて工事の遅れを理由にしないでもらいたい、と述べた。
そのさい内田委員が、撤去したものは「当然」ぜんぶ保存しておくんですよね? と尋ねたとき、中野区の担当者は言葉を濁していたが、どうなったのだろうか。
詳細は下記ブログ参照👇。
工事概要
移築と修復工事は清水建設が受注した。アンダーピニング工法(既存の建物の基礎を補強・増強する工事)の専門業者である間瀬建設が工事に参加している。
中野区によると今回の工事は「正門をジャッキアップし、仮受鋼材杭からコロ棒の上に組まれた移動装置に移し、油圧ストロークジャッキで正門東側から押すことにより、西側への移動(曳家)を行う」というものだ。
「令和6年9月に工事を再開して以降、正門の基礎の一体性を確保し、今後の揚屋・曳家の工程に耐えられるようにするため、既存の煉瓦及びコンクリートの基礎を鉄筋コンクリートで覆う補強工事を実施した」という。
移動経路については「曳家経路と曳家先は、正門や曳家のレール等の荷重に耐えられるよう、地耐力の弱い地表面から約2.5mの深さまで掘削し、耐圧盤(荷重を支えるための厚さ約30cmの鉄筋コンクリート製の床)を設置した」ということだ。
東京新聞やNHKによると、門の重さは670トン。中野区は見学者には資料を渡さず、資料はないのかと尋ねた年配の女性に対し、職員は中野区のホームページを見るよう案内していた。
見学会概要
曳家を一般公開することは、中野区文化財保護審議会の大石会長らが中野区に強く働きかけてくれ、そのおかげで、区は当初渋っていたが実現した。そのことも特記しておきたい(参考)。
曳家見学会は2025年7月29日(火)-31日(木)の3日間に計10回開催ということで、1回あたり30人を募集、中野区によると応募多数のため1回33人に増やしたそうだ。曳家自体はその前日の7月28日(月)に開始し、8月5日までの予定で門は西に約110メートル移動される。
曳家の初日7月28日は、例によって区議会議員の面々が抽選も経ず一般区民より先に見せてもらったらしい。見せてもらった工事の写真をドヤってツイッターとかに投げていた。まあ、こうやって常に行政に優遇してもらってるから、だんだん行政寄りになっていくんだよな。
優先してもらったことを一般区民に対してドヤるだけなら、関心も知見もあるけど抽選に外れた区外の人たちに見てもらった方がよっぽどよかったと思うよ。
工事費用は当初説明の倍近く
清水建設が受注した移築と修復工事の契約金額は、最終的に9億3229万4000円となった。
そもそも中野区の酒井区長は2019年2月に門を現地保存し都文化財指定を目指すと一旦発表しておきながら、区はその後議会から言われて移設の検討を始めた。区は2019年11月、検討の元となった「旧中野刑務所正門学術調査報告書」の概要(4ページ)を区議会に報告した。建文の報告書は、門を西へ100メートル移設(曳家)する案について、技術的に可能だが、5年の期間と5億円の費用がかかるとする内容だった(参考)。
中野区は「5億円」と説明して企画を通しておいて、9億3229万円の工事ができるんだから、議員は物わかりがよすぎるし、行政の仕事は気楽でいいね。
ちなみにそもそも5億円とか言ってた建文も、この工事に設計監理としていっちょ噛んでるしなんなら区民向けの見学会でなんかバシバシ写真を撮っていた。

今後の予定
中野区によると今後の予定は次の通り。
| 時期 | 予定 |
|---|---|
| 2025年11月末 | 移築工事(曳家工事・曳家経路)の完了 |
| 2027年2月 | 曳家後工事(修復・復元工事)の完了 |
| 3月末 | 記録・保存業務の完了 |
| 2028年5月 | 正門の公開開始 |
(中野非公式通信) & (く)