創価学会元会長戸田城聖が中野刑務所に収監されたとする根拠はなし 審査会が中野区の情報公開制度運用に「猛省」促す 平和展示パネルの審査請求で答申(2025年2月)

東京・中野区が平和資料展示室のパネルに、創価学会第2代会長戸田城聖が中野刑務所(豊多摩刑務所)に収監されたという、事実と確認されていないことを記載したため、区民が情報公開請求に続き審査請求を行った。このほど中野区情報公開・個人情報保護審査会が答申し、審査請求について「棄却すべき」とする一方で、中野区が「情報公開制度と、その背後にある区政の適正な運用管理」に対する認識が甘かったと指摘、「猛省」を促した。

なお答申によると、収監者に戸田を含めた理由について、中野区は審査会の聴取に対し、「業者に丸投げした」結果であると答えたそうだ。従前の情報公開請求で開示された資料は、中野区が業者に戸田の名を入れるよう再三指示したことを示しているのだが、それはともかく、戸田城聖が中野刑務所に収監されたとする根拠がないことははっきりした。(敬称略) 2025/2/7

答申に至る経緯

平和資料展示室のパネルに戸田の名が

戦前・戦中は豊多摩刑務所として治安維持法下に政治犯や思想犯を多く収監した中野刑務所は、1983年に廃庁、跡地に中野区立平和の森公園(東京都中野区新井)がつくられた。中野区は公園内に中野区立総合体育館を建設し、2020年11月6日、中野区平和資料展示室を体育館内に開設した。

以前公園内にあった資料室を移設、再開したものだが、新たに以前はなかった「中野のまちと刑務所」のパネルが掲示された。中野刑務所の「主な収監者」として、三木清大杉栄らと並んで戸田城聖の名があった。

中野区平和資料展示室「中野のまちと刑務所」展示パネル。東京都中野区新井、2020/11/6撮影

創価学会第3代会長池田大作の小説『人間革命』は、戸田をモデルとした主人公が豊多摩刑務所を出所する場面で始まっているが、後述するように実際には戸田は、豊多摩には収監されていない可能性が高い。中野区のこれまでの展示や出版物も、中野刑務所の収監者に戸田を含めたものは調べた限り存在しなかった。

情報公開請求(1)

私たちの仲間である区民が、パネルに戸田の名が記載された経緯を情報公開請求した。中野区が公的施設の掲示物に記載したことによって、戸田の豊多摩刑務所収監が史実と誤解されるようになるのをおそれたからだ。

開示された資料は、平和資料展示室の展示物制作を業務委託された株式会社ムラヤマが作成したゲラに対し、中野区が戸田の名を入れるよう再三にわたって指示したことを示している。詳細は下の記事にまとめてある。

情報公開請求(2)と審査請求

続いて区民は、中野区とムラヤマのやり取りを示す「議事録、打合せ資料」を情報公開請求し、「打ち合わせ記録簿」3件が開示された。しかし3件とも、押印がなかったりファイルのメタデータに齟齬があるなど資料の真正性を疑う理由があったため、行政不服審査法に基づき「真正な文書の公開」を求め審査請求を申し立てた。詳細は下記記事参照。今回あったのはその審査請求についての答申だ。

ぎょうせいふふくしんさ‐ほう【行政不服審査法
〘名〙 行政官庁の処分に対する不服申立ての道を国民にひろく認め、その手続を規定した法律。訴願法に代わり、昭和三七年(一九六二)公布。
- 小学館 精選版 日本国語大辞典

(中野区ウェブサイトより)

審査会答申

審査請求は棄却

2023年8月2日と6日、請求人は中野区情報公開・個人情報保護審査会に意見書を提出した。

2023年10月20日、中野区長は中野区情報公開・個人情報保護審査会に審査請求の扱いを諮問した。

2023年12月11日、審査会において請求人が口頭意見陳述した。

答申は2025年1月27日付で出されているから、諮問から1年3カ月という結構な時間がかかった。スキャンした答申書を下に貼る。

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審査会は上記3件の「打ち合わせ記録簿」の写しなどを閲覧し、対面による区側の聴取を行い、審査請求人の口頭意見陳述も受けて状況を確認した。答申は審査請求を「棄却すべき」とした。このあと答申を受け、中野区が請求を棄却する運びとなっている。

「押印を失念」

ここから審査会が判断した各項目について見ていく。まず開示された打ち合わせ記録簿があるべき押印を欠いていることについて。

答申は、区側の「本来必要な押印を失念していた」との弁明書の釈明を引用し、そうであれば「改善されなければならない」と指摘した。しかし参与員全員の押印は「必ずしも経なければならないものではない」ことなどから「真正性を否定する事実とまでは認められない」と判断した。

区側は、業者から提出された文書に問題がないため押印を忘れた、と弁明書で主張している。答申は、区側が打ち合わせ記録簿の作成自体をパネル制作業者に「いわば丸投げした」ことが聴取で判明したといい、結果的に区側の事情を汲んだ格好になっている。

審査会はメタデータの齟齬を検証せず

答申で、審査会は公開されたファイルのメタデータに残る齟齬を詳細に検証せず「本件写しファイルの変造・偽造を示す証拠であるとは認められない」とした。

また区側が、当初公開した文書に業者の担当者の名が含まれているとして、審査会への諮問前に別の文書と交換させようとした件注1(ただし、請求人は交換に応じていない)についても、インカメラ審理に提出した文書と当初公開した文書がメタデータを含め同一であったので「証明妨害であるとは認められない」としている。

注1 この件は、請求人が審査会宛の第1意見書(2013年8月2日付)で問題にした

パネル内容「業者に丸投げ」

意外なことに答申は、戸田の名をパネルに掲載するよう区側が積極的に関与したのではないか、それが公務員の政治的行為に当たるのではないか、との疑いを審査会が真摯に検討してくれたことを示している。

その上で「実施機関に聴取したところ、当該パネル内容の調査検討についても、当該パネル制作事業者にいわば丸投げしたものであり、実施機関において、その内容について何らかの意図を持って当該パネル制作事業者に対して指示や働きかけを行ったとは認められない」「実施機関が政治的な意図を持って当該パネルに関わったとは認められない」と結論づけた。

(戸田城聖パネル審査請求答申書のキャプチャ。パネルの記載内容を中野区が業者に「丸投げした」とある(集中線は加筆))

審査会は、区側に聴取した釈明内容に基づいて判断しているのであって、実際は上に述べたように、別の資料で区側は業者側に戸田の名を掲載するよう指示したことがわかっている。しかし区側の審査会に対する公式の説明は「業者に丸投げ」ということになったので、これによって戸田城聖を中野刑務所収監者としたのは業者がやったことで、中野区には戸田を収監者とする理由も根拠もないということが区の公式見解となった格好だ。

なお答申は「当審査会はその職掌上、本件においても情報公開条例の解釈を伴う案件として必要な事実認定と法解釈を行う機関であり、その職掌を超え、上記内容以上の実質的な実施機関の業務監査や区政調査、更には歴史的事実に対する学問的あるいはジャーナリスティックな探求とそれに基づく見解の報告や論評を行うことはできない」とわざわざ申し添えている。

「公文書の信頼性を重く損なう」

審査会は、当該情報公開請求の一連の手続きで、中野区の通知書4件に中野区長印が押されるべきところ部長印や区長代理印が押されていた件注2も検証した。

区側が提出した資料で、担当した職員が「公印を取り違え押印した」「当時、中野区企画部長印、中野区専用区長印及び中野区長代理印を同じ印箱で保管しており、公印の取り違えが起こってしまった」「現在は各公印の持ち手部分に公印の名称及び番号を明記し、取り違えが起こらないよう管理している」と回答したとしている。

答申は「実施機関がよしんば公印を実際に冒用したとしても、関連する同区の他の機関がチェックする可能性もあり、また審査請求人のような処分対象者を通じて区の外部にも公印冒用や何らかの情報隠蔽の疑いがあるとして広く区民や一般社会の目に晒されることとなり、実施機関においてそのようなリスクを冒してまで、公印冒用により公開対象文書の公開を妨害することや、本来存在する区政情報をあたかも不存在のものとして取り扱うとは、考えにくい」と忖度し、「公印の冒用と管理職を含む関係職員による区政情報の隠蔽があったとは認められない」とした。

ただし「上記4件の処分に渉って、公印を取り違え続けたことは、実施機関ひいては区の機関全ての発行する公文書の信頼性を重く損なう事態といえよう」と釘を刺している。

注2 この件は、請求人が審査会宛の第2意見書(2013年8月6日付)で問題にした

「猛省を促したい」、不正や隠蔽を疑うのも「無理はない」

答申は末尾に「付言」としてさらに中野区へ苦言を呈した。

交換を要請する前の公開文書が条例に違反していたこと、押印忘れに関連して「打合せ記録について区政情報としての考え方や管理体制が徹底しておらず、不備が見られること」、通知書の押印を間違えたことの3点について「情報公開制度と、その背後にある区政の適正な運用管理に対して認識が甘く、その結果としてこのような結果を惹起していることにつき猛省を促したい」とした。

「一住民(審査請求人)の審査請求に対して、これだけ連続的に、職員の不注意に基づく区政情報管理及び情報公開手続に関する失敗を重ねてしまったことに影響されて、審査請求人がその背後に大きな区政に関する不正や隠蔽があるという存念を抱いてしまったとしても無理はない」と、請求人の疑念に寄り添う姿勢をみせた。

「本件答申は、実施機関の主張を認めたものではあるが、これが公表されることにより、当区の区政情報管理及び情報公開手続に対して、住民が不安を抱くことは避けられないであろう。実施機関はもちろん、当区を挙げて、再度日常的な業務における区政情報管理体制の再点検や情報公開手続についての理解の深化及び適切な実践を進めて頂きたい」と答申を結んでいる。

以上、審査請求自体は棄却だったが、中野区への意見はなかなか手厳しかった。

そもそも戸田は豊多摩に収監されたのか

収監されてない可能性が高い

当ブログはこれまで3本の記事で、戸田が豊多摩刑務所に収監されていない可能性が高いことをさまざまな文献を示して論証してきた。その3本を再掲する。

おまけ

公明党議員や聖教新聞がパネル記載を評価

というわけで、おそらく戸田が豊多摩刑務所に収監された事実はないのだが、公明党議員や創価学会機関紙聖教新聞は、中野区平和資料展示室の展示に戸田の名があることをポジティブに紹介している。

公明党の甲田ゆり子中野区議は、平和資料展示室がオープンした初日に撮影したテンションの高い動画をツイッターに投稿、その中でパネルに記された戸田城聖の文字を段階的にクローズアップして映した。

(甲田ゆり子公明党中野区議がツイッターに投稿した動画のキャプチャ)

また聖教新聞は、2025年2月4日「〈地域を歩く〉東京都中野区 日本一仲良き”家族”のスクラム光る希望の町」の記事で「戸田先生は、中野の豊多摩刑務所から出獄し、正義の人間としての反撃を開始された」とする池田大作の発言を紹介、さらに中野区立総合体育館の写真を載せ、〈「平和の森公園」内にある中野区立総合体育館。公園の敷地には豊多摩刑務所があった。体育館内の平和資料展示室には戸田先生の名前が〉との写真説明をつけた。

2020年1月に中野区が平和資料展示室に関する意見募集をした際、中野刑務所についての展示の要望が複数あった。実をいうと私もそのような要望を出したうちのひとりで、だから展示が実現したこと自体は喜ばしい。それだけに展示の内容は、信頼性が担保されたものにしてもらいたい。

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