中野区の旧中野刑務所正門撤去のもくろみは困難に? 文化財的価値「極めて重要」と文化財保護審議会が答申で。一方区は2018年の教委臨時会議事録を公表(2020年9月)

概要

(1) 中野区文化財保護審議会は区教育委員会への答申で、中野区が現地保存方針見直し中の旧中野刑務所正門の文化財的価値を「極めて重要」と認定した。このブログは9月5日に答申全文を載せた。答申はその後中野区ホームページで公開された。

(2) 区教委が臨時会(非公開)において、旧中野刑務所正門の「現地保存」方針をいったん了承した旨の説明が区議会でなされていたので、2018年12月の当該臨時会の議事録を、私たちは区に情報公開請求した。9月15日に区担当者から電話で、当該議事録をホームページに載せたと連絡があった。

(3) (2)の議事録により、中野区職員が区教育委員会で意見形成を誘導する手口の一端が判明した。

(4) (2)の議事録により、門の価値は不明であるが現地保存はすべきでないと、教育委員会の一部委員が発言していたことが分かった。区議会でも門の価値を過小評価し解体撤去を主張する意見が少なからずあった。文化財保護審議会が(1)の答申で門の文化財的価値を「極めて重要」と結論づけたため、門の価値に関する議論には終止符が打たれた。中野区が門を解体撤去するのは、今後ますます難しくなったと思われる。2020/9/16

 

文化財保護審議会答申

答申までの経緯

2020年1月、中野区教育委員会は大正時代のレンガ建築、旧中野刑務所正門(東京都中野区新井)の文化財的価値と保存、公開について区文化財保護審議会に諮問した。詳細は下記参照。

同審議会は7月30日に教委に答申した。区は8月21日の教育委員会定例会の非公開審議で答申を教委に報告し、教委は28日に事実上の秘密会である臨時会で門についての意見を協議した。教委が門に関する審議から傍聴人を排除した件の詳細は下記参照。入野教育長は、非公開とした議事の議事録も「今後公開する」と区議会で答弁した。

教委は9月4日の定例会で、旧中野刑務所正門の保存場所を平和の森小学校の移転「予定地以外で確保されたい」(=移設すべき)との意見を議決した。「意見」の詳細は下記参照。

私たちは「答申」と教委の「意見」全文を翌5日に上のブログに載せた。

 

文化財的価値「極めて重要」

上のブログで伝えた通り、中野区文化財保護審議会の答申は、旧中野刑務所正門の文化財的価値を、次のように極めて高く評価している。

文化財的価値
明治前・中期の西欧の模倣から脱却し、近代の新たな建築様式を模索し始めた明治末期から大正期の建築物であり、また、わが国の煉瓦造建築の技術的・意匠的到達点を示すものとして極めて重要である。関東大震災第二次世界大戦の戦災をくぐりぬけ残されたことも、地域の遺産として貴重である。

また答申は「別記」で、門の文化財的価値の高さを(1)設計者 後藤慶二について(2)建築史上の位置づけ(3)技術・意匠について(4)地域の近代遺産(5)日本の行刑制度との関係、の5点から詳述している。

 

教委の意見と文化財保護審議会の答申が区HPで公開

教委の「意見」は、その議決の翌日9月5日に中野区ウェブサイトの「令和2年教育委員会会議録」のページで、9月4日定例会の資料として公開された。公開された「意見」のPDF。↓

https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/651500/d028220_d/fil/20200904g1.pdf

 

その後9月6日から14日までの間に、文化財保護審議会「答申」も、8月21日定例会(門に関する議事は非公開)の資料として公開された。公開された「答申」のPDF5枚。↓

https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/651500/d028220_d/fil/20200821j10.pdf

 

同じ頃、「答申」は8月28日臨時会(非公開)の資料としても公開された↓

https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/651500/d028220_d/fil/20200828k2.pdf

 

なお9月4日定例会の資料にも、9月15日になって「意見」3枚の後に「答申」5枚が追加された。

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今回新たに明るみに出た資料

上でリンクを貼った8月28日臨時会(非公開)の資料のPDFには、「答申」5枚のほか、新たに明るみに出た計4枚の資料が含まれている。

新たな資料は、経過などの説明2枚、それから、区長が教委に意見を求めた際の文書1枚と、文化財保護審議会が答申で門の保存に必要とした空間を確保した場合の参考地図1枚だ。

 

酒井区長が教委に意見を求めた文書  

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酒井区長が2019年12月19日、教委に「旧中野刑務所正門にかかる文化財的価値並びに保存及び公開について」意見を求めた文書(依頼)である。であるのに「意見聴取にかかる留意事項について」として、「旧中野刑務所正門にかかる文化財的価値並びに保存及び公開だけでなく、平和の森小学校新校における良好な教育環境の確保についてもあわせて検討を依頼します。」と殊更に注意書きをつけてある。

酒井区長は2019年2月、自ら記者会見で旧中野刑務所正門を現地保存し都の文化財指定を目指す方針を発表した。しかしその後、発表の訂正をしないまま決定をずるずると実質的に覆し、方針転換の検討を進めている。教委に意見を求めたのは検討の一過程だった。

 

門の公開のための空間を確保した場合の参考地図

文化財保護審議会は答申の中で、門の保存と公開のために「40.27m x 38.45m」というかなり広い面積が必要だとした。下の資料はそれを元に、門の周りにそれだけの空間を確保すると、小学校の配置が不可能になると主張するために教育委員会事務局(中野区職員)が作成した参考地図である。なお、下の資料で「接道要件を満たすための通路」は建築基準法の定める接道義務のことだが、答申の中では「建築基準法の適用除外については、文化財指定をしていることが条件となる」(=文化財指定をすれば、建築基準法の適用除外になるからその面積は不要)と明記されており、不要と答申されたものを事務局がわざわざ図に記すのはいかがなものか。

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教委の意見

その結果、教委は9月4日、事務局の思惑のまま、旧中野刑務所正門の保存場所を平和の森小学校の「予定地以外で確保されたい」(=移設すべき)との意見を議決したわけだが、この意見の実行が実際には不可能に近いことは下記のブログで考察した。

門を本当に移設したら、数年にわたりキャパオーバーが続いている同小学校の新しい校舎を建てるのはさらに遅くなる。教委の「意見」が、子どもたちのことを考えてのものとはどうしても思えない。

 

1年9カ月後に公開された2018/12/4教委臨時会議事録

中野区はいったん門の「現地保存」方針を決定した

中野区は2018年12月7日、旧中野刑務所正門を現地保存する方針を中野区議会厚生委員会で報告した。詳細は下記参照。

 

教委は「方向性としては認め」ていたのか?

教委についてはその3日前、2018年12月4日の臨時会で、門の現地保存の方針を「方向性としては認めていこうというような趣旨の御議論」をした、と説明された(12月10日の区議会子ども文教委員会での戸辺教育委員会事務局次長の発言)。

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この辺のいきさつも同記事参照。 

 

教委臨時会議事録を情報公開請求

その臨時会の議事録が区ホームページに掲載されてなかったため、2020年9月6日に情報公開請求した。

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ホームページで公開

9月15日、区担当者が電話で、私たちが情報公開請求した件の臨時会について、「先ほどホームページに会議録と資料を上げた」と伝えてきた。「上げるべきだったが上げてなかった。事務の漏れだった」との説明だった。

 

協議は13分間 

2018年第6回臨時会 12月4日
1 協議事項
(1) 平和の森小学校の移転用地について(子ども教育施設担当)

 

・HPで公開された会議録: 

https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/651500/d025227_d/fil/30-9rin.pdf

・HPで公開された資料(1枚。経過と、平和の門を考える会および日本建築学会関東支部から教委宛て要望書を受理した旨が書かれている): 

https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/651500/d025227_d/fil/20181204k1.pdf

 

区ウェブサイトの「平成30年教育委員会会議録」で1年9カ月後の2020年9月15日に公開された議事録によると、教育委員会は臨時会を2018年12月4日午後7時17分から13分間開催した。田辺前教育長が6月に辞任した後で、入野教育長の人事が決定する直前。教育長は空席だった。

 

各委員の意見と協議の結論

委員4人の顔ぶれは現在と同じだ。各委員が次の通り、意見を順に述べた。

 

小林福太郎(欠席、事務局が意見を伝えた。元区教委指導室長): 当該地は教育施設であり、児童のために円滑な教育活動を保障していくためには撤去(別の場所にメモリアル的な展示ブース等を設けること)が妥当。門の歴史的価値は意見が分かれる。

田中英一(歯科医師): 文化的価値は決して少なくない。ただ保存の形がどういう形であれ、教育施設に影響ない形を選んでほしい。このことによって移転のスケジュールに影響が出ないように。

渡邉仁(中野区医師会): 文化財の価値はそれぞれの考え方があるが、子どもたちの教育はそれ以上に価値がある。賛成できない。面積としては十分であっても、真ん中の土地をとられると、校庭のあり方とか非常に制限を受ける。

伊藤亜矢子(大学教授): (学校用地として)大きなスペースを最大限獲得できること、工期が遅くならないことが重要。

 

協議の最後に教育長職務代理の伊藤委員が区長への意見を取りまとめた。
(1) 児童の円滑な教育活動を確保していくため当該用地を最大限に活用すること。
(2) 旧中野刑務所正門現地保存の場合、小学校の用地面積が減ること、敷地の形状が歪になることが想定されるため、代替措置を講じる。
(3) 新校舎の開設時期に遅れが出ないこと、教育活動に支障をきたさないこと。

 

中野区職員が教委で意見形成を誘導する手口

このように、公開された議事録によると、現地保存に4人のうち2人(小林、渡邉両氏)が反対、他の2人(田中英一、伊藤両氏)も賛成はしていない。にもかかわらず結局「現地保存の場合には」という要望を取りまとめることで、戸辺教委事務局次長が6日後の区議会で説明したように、教委があたかも現地保存を「方向性としては認め」たような格好の流れにしてある。現地保存という趣旨の「御議論がされている」とはなんだったのか。区職員が議会などでする説明を素朴に額面通りに取ってはいけないことを示す例ではないのか。たとえ自分にとって好ましい内容であったとしても。

 

戸辺教委事務局次長の別件の発言について

戸辺氏は当時も2020年9月現在も中野区教育委員会事務局次長(中野区子ども教育部長)だ。

なお別件であるが、戸辺氏は図書館に関し、区議会での議論について事実と異なる説明を、2020年1月の教育委員会定例会でした疑いが指摘された。そのため区民が中野区に対し、戸辺氏に当日分の給与返還を求める住民監査請求をしたが、門前払いされた。詳細は下記参照。

 

答申の意義 

公開された2018年12月の教育委員会議事録によると、小林、渡邉両委員は、門の文化財価値は不明であるものの現地保存はすべきでない旨の発言をしている。

教育委員は「区長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもの」が選任されることになっている。教育だけでなく学術及び文化についても識見を持っていなければならない人が、文化財の価値について分からないまま教育の観点からのみ意見を表明するのは、どうなのか。

ところで中野区議会議員については、「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有する」ことが選出の要件とされていない。実際これまで、自民や都民ファーストの議員を中心に、門の価値を過小評価し解体撤去を主張する意見が少なからずあった。

今回、文化財保護審議会の答申が門の文化財的価値を「極めて重要」と結論づけたことで、門の価値に関する区内における議論に終止符が打たれた。中野区が、田中大輔前区長が意図した通りに門を解体撤去するのは、今後ますます難しくなったと思われる。

 

(中野非公式通信)

 

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