中野区が旧中野刑務所正門/小学校敷地問題を解決する新たなスキームを検討へ(2020年10月)

概要

・平和の森小学校は、移転先に旧中野刑務所正門があり、そのために敷地が狭くなるとされている。現校地も敷地に含める案を、中野区が検討する。2020年10月7日の中野区議会子ども文教委員会で区幹部が明らかにした。実現すれば現校地を移転後の敷地に含めない従来方針からの転換。
・中野区教育委員会は、門の取り扱いについて実現可能性の皆無な意見を9月に決定していた。その意見の謎が子ども文教委員会の質疑でわりと解けた。
・中野区は、門の現地保存と移設のどちらを選択するかを2020年12月に区議会に報告する。2020/10/8記

 

現在までの状況

各施設の位置関係

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①平和の森小学校②沼袋小学校跡地③法務省矯正研修所と公務員住宅の跡地④平和の森公園⑤中野区立総合体育館(キリンレモンスポーツセンター)

②沼袋小学校と①野方小学校が統合、①野方小の位置で2011年に統合校の①平和の森小学校となった。①平和の森小は③矯正研修所跡地に移転の予定。③④⑤および東京都下水道局中野水再生センターは、1983年に廃止された中野刑務所の跡地で、刑務所の建物は解体撤去され正門だけが③の敷地内に残っている(地図で "Nakano Prison" のピンが立っている場所)。住所は②を除き東京都中野区新井三丁目。②は沼袋三丁目。

 

平和の森小移転問題

平和の森小が、法務省矯正研修所跡地に移転して新校舎を開設する予定は、2016年度だった。しかし、矯正研修所の昭島市への転出が遅れ、研修所跡地からがれきが出てきたこともあり、学校移転は遅れた。2020年10月現在まだ学校用地取得さえ済んでいない。平和の森小は児童が予想より増えプレハブ仮校舎でしのいでいる。

平和の森小移転問題と経緯については下記参照。

中野区は2020年12月の区議会に矯正研修所跡地の購入議案を提出し、あわせて旧中野刑務所正門の取り扱い案も報告する。

 

門と学校用地の関係

中野区が平和の森小の矯正研修所跡地への移転を決めたあと、田中大輔前区長の時代は旧中野刑務所正門は壊す方向だった。2018年に就任した酒井直人区長は2019年2月に門の現地保存をいったん発表したが、その後再検討に転じた。

いったん現地保存を決めたとき、門のための土地は極力狭くして学校を広くするとされた。しかし2020年7月、中野区文化財保護審議会は答申で、門の保存と公開のためにより広い敷地が必要とした。

 

2020年10月7日の区議会子ども文教委員会の質疑

必要面積が3倍に

2020年10月7日の区議会子ども文教委員会で、むとう有子議員(無所属)の質問に対し区の担当課長は、以前いったん現地保存を決めたとき門のために必要とされた土地の面積は550㎡、文化財保護審議会が答申の中で必要としている面積は1548㎡と答えた。以前の約3倍だ。

下は、矯正研修所跡地での以前の門の必要面積とその時の学校レイアウト案を、現在の必要面積と比較するため教育委員会事務局が作成した平面図。

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担当課長は、3倍の面積を門のために確保すると、矯正研修所跡地の残りの土地は「くさび形」となり、学校建設用地とするのは「不可能」と述べたが、議員らからそれは言い過ぎであると指摘をうけ、「不適」と言い直した。

現地保存派のむとう議員は、現在の平和の森小の土地を含めて新校舎を作るなどして「平和の門(旧中野刑務所正門の地元での呼び名)と学校とをうまく融合した形」にするよう要望した。

 

「第2校庭」検討へ

そのあと発言した いでい良輔議員(自民)が「むとう議員が述べたように」と前置きして、現在の平和の森小の土地を「第2校庭として残す」可能性を尋ねた。これには驚いた。門を撤去する田中前区長の方針を支持していた自民党は、これまで、区議会で平和の森小跡地を学校用地として残さないよう主張してきたから。

戸辺眞・教育委員会事務局次長(子ども教育部長)は、そのような「意見も紹介しながら企画部と調整する」と言明した。ただし「財政状況も含めた議論」になるとの担保をつけた。これまで区は、移転後の平和の森小跡地を学校用地とする可能性を否定していた。その可能性が検討されることになった。

区によると、現在の平和の森小校地は移転後に、中野区の第3次10カ年計画で「まちづくり用地」とされている。つまり、学校移転後の跡地は用途未定で、売却か区が保有を続けるか決まっていない。

区は、学校を含む新たな区の施設整備計画の素案を2021年1月に示すとしており、その際には方針が明らかになる見通し。

なお、質疑の中で、小杉一男議員(共産)は沼袋小学校跡地の活用を要望したが、区側の回答は求めなかった。

 

教委意見の謎も解けた

2020年9月に中野区教育委員会が決定した旧中野刑務所の取り扱いについての意見は「旧中野刑務所正門の保存及び公開の場所は、真正性を失わない範囲で、学校予定地以外で確保されたい」と移設を求めると同時に、「平和の森小学校新校舎建設に影響が出ない範囲での保存を条件とする」「場所を移動することとなった場合は、新校舎開設時期に影響が生じないように」としていた。

ところが区の『旧中野刑務所正門学術調査報告書』(2019年10月作成、末尾注1)によると、門の移設(曳家)は5年かかるとされており、門を移設することと新校舎の建設が遅れないようにすることを両立させるのは不可能だ。そのため教委がどういうつもりなのか謎だった。意見詳細は下記参照。

同じ2020年10月7日の子ども文教委員会で、その謎もかなり解けた。

 

学校予定地が何を指すか未定

むとう議員は、区がいったん門の現地保存を決めた際に平和の森小の移転用地に含めるとした、矯正研修所の西側の「まちづくり用地」(末尾注2)が今でも移転用地のままなのか尋ねた。区は、西側のまちづくり用地を学校移転用地に含めるとしたのは、門の現地保存を前提とした方針であり、現在その前提が見直されているため、移転用地とするかどうか定まっていないと述べた。

『旧中野刑務所正門学術調査報告書』が検討した門の移転(曳家)先は、そのまちづくり用地内である。教委意見でいう「学校予定地以外」であるべき門の移転先が、このまちづくり用地なのかそれ以外なのか謎だったが、そもそも「学校予定地」がどこを指すかが決まっていない。

 

新校舎開設時期も未定

むとう議員は教委意見でいう「新校舎開設時期」がいつを指しているかも尋ねた。担当課長は「できるだけ早期に」「遅れないように」を繰り返し、平和の森小新校舎の開設時期もまだ設定されていないことが明らかになった。

 

何の意味が

つまり教委の意見は、旧中野刑務所正門を、どこを指すか定まっていない「学校予定地」以外で確保することを求め、いつか決まっていない「新校舎開設の時期」を遅らせないことを門の保存の「条件」にしている。いったい何の意味があるのだろうか。

 

区の文化財指定「すみやかに」

平山英明議員(公明)は、門の文化財的価値についての文化財保護審議会への諮問はもっと早くするべきだったと指摘、戸辺次長は同審議会の「役割を軽視した、失念したことについては、非難されるところがあったのかなあと」認識していると述べた。

前日、10月6日に区議会区民委員会でも門に関する同様の報告があり、公明党議員が門に対する区文化財指定の手続きを進めるか聞き、区民部の担当者が「すみやかに」と答えている。

中野区議会公明党は田中前区長時代には門の解体意見に同調し、その後も区議会で移設を主張したりしたが、旧中野刑務所正門は支持母体である創価学会の聖地のはずだ。下記参照。

 

現地保存か移設のいずれか

12月区議会に矯正研修所跡地取得の議案を提出、門の取り扱い案を報告する件について、10月6日の区民委員会で区民部の担当者は、文化財の所管の理事者としては現地保存か移設(曳家)のどちらかしか考えておらず、他はないと明言した。同じく10月6日、総務委員会では「旧法務省矯正管区敷地の取得について」が報告された。

読売新聞は10月7日朝刊地域版で「政治犯収監の正門 後世に 旧中野刑務所跡地 区が購入 保存へ」との見出しで、中野区が矯正研修所跡地を国から100億円超で購入する方針を固め、門の保存も進める、と伝えた。

参考: 阿古智子教授が書いた記事↓

 

このあとの予定

2020年10月区議会総務委報告資料↓。読売新聞には百億円超とあるが、金額記載なし。
https://kugikai-nakano.jp/shiryou/20101295714.pdf

10月下旬-区財産価格審議会
11月-第4回定例会に用地購入議案提出
12月-国と用地購入見積り合せ
2021年1月-国の売却決定
1月下旬-売買契約

 

注1)『旧中野刑務所正門学術調査報告書』については下記参照。

注2) 矯正研修所跡地西側の「まちづくり用地」については下記参照。

 

つづきの記事

 

 

(中野非公式通信)


旧中野刑務所正門の記事やまとめ

 

 

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